
秋の気配とともに、保育園で運動会の練習が始まった頃のことです。
毎年のことながら、園全体がそわそわとした空気に包まれる時期。
そんな中、久しぶりに息子(長男)が見せた"気持ちの荒ぶり"がありました。
「行きたくない」
必死に訴えるその姿には、言葉にはならない気持ちが隠されているように感じました。
子どもの見ている世界と、大人が見えている世界。
息子の本当の気持ちに近づくまでのお話を、3つの記事に分けて書いていこうと思います。
家と保育園では、別人のような息子
息子は、家と保育園ではまるで別人のよう。
保育園では、喋らない、泣かない、主張しない、目立たない。
片付けも積極的にして、話もよく聞くいい子。
やられてもやり返したりせず、やられたまま持ち帰る。
一方、家では、こちらが止めない限り、絶え間なくお喋りをする。
主張は激しく、自分の気持ちが通らないと泣き暴れ、気持ちの切り替えがとても苦手。
片付けもしなければ、あまのじゃく…
姉弟にちょっかいを出しては嫌がられる、いたずらっ子。
保育園は、息子にとってはじめての小さな社会。
家と外での態度を変えるのは、社会性を身につける練習中なのだと思います。
それでも、これだけ真逆の過ごし方をしていれば、疲れるのは当たり前。
年少から年中にかけて、「行きたくない」と荒れることが度々ありました。
久しぶりの「行きたくない」
年中に上がってからは、荒ぶることが減っていました。
お友達と遊ぶことの楽しさを感じ始めたからでした。
そして、少しずつ自然な笑顔や、年齢相応の無邪気な姿が見られるようになっていました。

だからこそ、車から降りる直前の突然の感情の大爆発…
久しぶりの「行きたくない」という言葉には、心のノイズが詰まっているように感じました。
ちょうどその頃は、娘とチーターの子とのトラブルが落ち着いた時期でした。
私自身、娘に手がかかり、息子への気づかいが少し後回しになっていたかもしれません。
※娘とチーターの子とのトラブルは、こちらの記事です。
HSC娘が「嫌い」と言えた日。HSPママが感じた小さな心の成長
トラブルって不思議と重ならない。
まるで「今が自分の番だ」と見極めてくれているかのように…
「寂しかったのかな?」
「それとも、運動会の練習がストレスだったのかな?」
「先生たちのピリピリを感じ取ったのかも…」
そうして、息子のターンがやってきました。
息子の信頼する「先生」
息子を落ち着かせようとしましたが、涙は止まらず、顔はぐしゃぐしゃに。
出勤時間が迫るなか、
社会人として、時間を守らなければならない焦り…
母として、子どもの気持ちに寄り添ってあげたい気持ち…
板挟みなった私は、苦し紛れに、こう提案しました。
「どうしても今日は仕事に行かないといけない。
一緒にお家に帰りたくても、帰れない。
だから、○○を守ってくれる先生に、ママからお願いするのはどう?」
すると、息子は小さな声で言いました。
「ゾウ先生なら、いいよ」
それは、副担任の先生でした。
穏やかで、どっしりとした安定感のある先生。
感情に配慮しながら、困っている子に自然に寄り添える方です。
たまたま早番でいらして、本当に救われました(泣)

事情を伝えると、すぐに快く引き受けてくださいました。
息子は自分から先生に抱っこしてもらい、落ち着いて離れることができました。
息子が言えた、小さな本音
ゾウ先生は、すぐに担任の先生と事情を共有してくださいました。
そして、息子にそっと問いかけてくれたそうです。
「何か嫌なことがあった?」
「運動会の練習、難しかった?」
「先生たちが怒るのが怖かったかな?」
息子は少し考えて、小さな声で答えたそうです。
「ちょっとむずかしい」
「ちょっとこわかった」
ほんの短い言葉。
でも、それは初めて自分の気持ちを外に出した瞬間でした。
息子は、時間が経ってから、「あのとき、ああだった」とゆっくり話す子。
これは、HSC(ひといちばい敏感な子)によく見られる特徴のひとつだそうです。
感情を深く感じとる分、心の中で整理してから言葉にする。
だからこそ、言葉にできたこと自体が、とても大きな1歩でした。
先生から息子への「ごめんね」
担任の先生は、息子に「ごめんね」と謝ってくれたそうです。
運動会の練習で、ピリピリしていたこと。
クラスの女の子からも「せんせい、こわい」と言われ、気をつけていたこと。
それでも怖さが伝わってしまったかもしれないこと。
「また先生が怖いって感じたら、教えてほしい。
言えなかったら、ママに伝えてもいいからね。」
そう伝えてくれたそうです。

息子は、担任の先生を、「今までで1番怖い大人」だと思っていました。
それは、常に怯えているというよりも、怒られるかもしれないという予測の怖さ。
友達が悪いことをした → 怒られた → 怖かった
自分が何かしたときにも…という感覚。
以前その感覚をお伝えした時も、担任の先生は受け止め、謝ってくださいました。
そんな部分を理解してくださっていたからこそ、今回に繋がったのかなと思います。
"伝える練習"と"知る練習"
この出来事を通して、息子は2つの経験をしていました。
- 自分の気持ちを伝える経験
- 自分のことを理解してくれる大人がいると知る経験
「わかってもらえた」という実感は、繊細な子どもにとって何よりの安心の土台になる。
ママからゾウ先生へ
ゾウ先生から担任の先生へ
少しずつ段階を踏めたことも、息子にとって良かったのだと思います。
HSPママとしての気づき
先生方は真摯に受け止め、「自分たちの関わり方を見直します」と。
私はその姿に、ただ感謝でいっぱいでした。
同時に思ったのです。
長女のとき、私はもっと先生に伝えるべきだったかもしれないと…
私はHSPで、人の空気や表情に敏感です。
つい「迷惑をかけたくない」と抱え込んでしまいがち。
でも、HSCを育てるなかで、知ったことがありました。
理解しようとしてくれる大人がいることは、子どもの心を支える力になる。
そして、その存在を信じることが、親自身の支えにもなるのだと。

息子の「行きたくない」には、たくさんの気づきと「成長の芽」が詰まっていました。
ありがとうございました!