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厄年は不幸な年じゃなかった|前厄・本厄・後厄を通して人生が切り替わった話

前厄・本厄・後厄を通して人生が切り替わった話

 

厄年という言葉を、私はずっと、なんとなく怖いものだと思っていました。

「災いが起きやすい年」

「不幸に見舞われる年」

そんなイメージが、心のどこかにあったのだと思います。

 

けれど、前回の前厄・本厄・後厄の3年間を振り返ってみると、そこにあったのは、不幸ではなかった。

人生の節目となる時間。

それは、生き方が切り替わっていく過程だったようにも感じます。

 

そして、私は、今年再び本厄を迎えます。

(昨年の前厄は、うっかり、気づかないまま過ごしてしまいましたが…)

 

この記事では、前回の厄年から、今年の本厄までの人生の変化を書きたいと思います。

もし今、厄年を不安になっている人がいたら…

こんな厄年の考え方をしてる人もいるよ、と伝わるといいなと思います。

 

そもそも、厄年って?

厄年とは、昔から日本で信じられてきた考え方の1つ。

「災い・不幸に見舞われやすい年齢」を指す言葉とされています。

また、出産や育児、昇進や転職など、人生の転換期と重なりやすく、身体的な変化や環境の変化から、不安定になりやすい年とも言われています。

 

ただ最近では、「厄年=不幸な年」というイメージは、少しずつ薄れてきているそうです。

自分を振り返り、心と体を整える年。

生活習慣を見直したり、健康診断を受けたり、心のケアを始めるきっかけの年。

そんなふうに、前向きに捉える人も増えているのだとか。

 

前厄|「自分を取り戻す準備」が始まった年

結婚して6年が経ち、2児の母になっていた頃。

「良き嫁」「良き妻」「良き母」そのすべてを、無意識に抱え込んでいました。

 

そう思われているなら、そういよう。

こう思われているから、こうしなければ。

ああ思われないようにしよう。

 

自分が分からなくなっていた

 

そんなふうに生きているうちに、自分が分からなくなっていたのだと思います。

 

そんなある日、ふと手を伸ばしたのが、パン作りでした。

結果的には家族の笑顔につながったけれど、始めた理由は、誰かのためじゃない。

ただ、「やってみたい」と思ったから。

それは、「好き」と思えることに没頭する時間でした。

 

あの年、「自分を取り戻す準備」が始まったのだと思います。

 

大厄|「良き嫁」を脱いだ年

女性の厄年の中でも、数え年33歳の本厄は「大厄」と呼ばれることが多いそうです。

振り返ってみると、あの年は、人生の重心が大きく動いた年でした。

 

大厄の年、私は第三子を妊娠しました。

重い悪阻、入院、出産。

そして一気に始まった三人育児。

気力だけではどうにもならないほど、物理的にも、精神的にも、抱えきれない日々。

 

自分の価値を下げていた

 

その中で、ようやく気づいたのです。

全部を抱えるのは、無理だということに...

「良き嫁」でいようとすることで、私は知らないうちに、自分の価値を下げていた。

 

我慢すること。

耐えること。

飲み込むこと。

 

それが当たり前だと思っていた。

けれど、限界まで追い込まれて、私は「良き嫁」という役割を脱ぎました。

 

冷静に考えた選択だったかと言われれば、きっと違う。

感情が先に立っていたと思う。

でも、それまでの私は、自分の感情を抑え続けてきた。

 

感覚的な言い方になるけれど、あれは「自分の人生を守る選択」だったと、今は思えます。

ただ、この選択は、大きな葛藤として心に残りました。

現実では役割を脱いでも、心の中では、脱ぎきれなかったからです。

 

後厄|「良き妻」を脱いだ年

後厄の年は、大厄で生まれた葛藤を抱えながら、向き合った一年でした。

「良き嫁」を脱いだからといって、楽になれたわけではありませんでした。

でも、その鎧を脱いだからこそ、夫婦の姿が、はっきりと見えてきたのです。

 

それまでの私は、「良き妻」として、支えること・尽くすことを選んできました。

けれど、心の奥で思うようになったのです。

私は、支える・尽くすだけの存在でいたいわけじゃない。

——対等でいたい。

 

支える・尽くすだけの存在でいたくない。対等でいたい。

 

この年、私は「良き妻」という役割も、静かに脱ぎました。

怖さも、迷いもあった。

それでも、自分の気持ちから目をそらさなかった。

 

それは、夫婦の間に染み付いたもの。

夫婦で話し合うだけでは、うやむやになる。

だから私は、目に見える形で変化を起こそうと決めました。

 

パートを探し、働きに出る。

 

それは、周囲から見れば小さな変化かもしれません。

でも、私たち夫婦にとっては、確かな転換点になったのです。

 

間の年|自分の人生に戻った感覚

厄年と厄年の間の年。

この年は、次の節目へ向かうための、とても意味のある時間でした。

 

「HSP」という気質を知ったのも、この頃。

その言葉に救われながらも、自分と向き合うのは簡単ではありませんでした。

 

自分と向き合う。

 

どう生きたら、無理をせず、自分らしくいられるのか。

その答えを探すなかで、人との距離の取り方、境界線という考え方を知りました。

それは、誰かを遠ざけるためではなく、自分を守るための線。

 

その境界線を意識しながら暮らすことで、自分の人生に戻っていく感覚を得ました。

そしてその年、苦しくならない、呼吸のしやすい職場にも出会えたのです。

 

再び迎えた、前厄|決意の年

再び前厄を迎えていたことに、気づかないまま1年を過ごしました。

 

前回の厄年で、たくさんの役割を脱ぎ捨ててきたこと。

間の年に、自分を整える時間を持てたこと。

その積み重ねがあったからこそ、将来に不安を感じていなかったのかもしれません。

 

そして、自分の内面に向き合う中で、私は気づきました。

自分が「我慢している位置」にいようとする癖があったこと。

 

嫌われたくない。

否定されたくない。

間違えたくない。

 

その弱さを、相手を優先することで、見ないようにしていたこと。

 

でも、それを悪いことだとは思いません。

それは、私がかつて身につけた、心を守るために必要な手段だったから。

 

相手を背負いすぎても、相手に背負わせすぎても、きっと苦しくなる。

そんな位置にいても、自分は成長はしない…

 

私はこれから、自分で自分に責任を持って生きていく。

そんな決意をした年でした。

 

HSPの私が思う、厄年の意味

前回の厄年から、私は自分を少しずつ好きになっています。

生きやすくなった。

心が、軽くなった。

 

正直に言えば、今年の本厄がまったく怖くないわけではありません。

 

また1段、自分らしい生き方に近づくための節目。

 

でも、大丈夫。

また1段、自分らしい生き方に近づくための節目。

これまでの厄年がそうだったように、きっとまた、生き方を調整するための1年になる。

 

少し不安で、でも、少し楽しみでもある。

そんな気持ちで、今年の本厄を迎えています。

そして、この記事の続きを、年末に書けたらいいなと思っています。

 

くまま
読んでくださり、

ありがとうございました!

 

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